Novel Menu

第8章

真理達が連れて来られたのは、車の前だった。

「え? あれ?」

「送っていくから、乗りなさい」

「いや、生徒指導室じゃないんですか?」

思わず漏らしてしまった質問に、先生はからかうように笑った。

「あら、白部さんは生徒指導室がいいの?」

「いいいいいえ! 帰りたいですすごく!!」

真理は先生が開けてくれた車のドアから乗り込んだ。

続いて拓馬が「無害そうなあんたが真ん中な」と希羽を押し込み、自身は端へ腰掛けドアを閉める。

「よかったー。今あの人に怒鳴られたら俺刺せる気がするもん! なーんてな!」

「冗談に聞こえないからやめて坂井くん!? 先生、とりあえず私の家で大丈夫です!」

追求を懸念したが、先生は特になにも言うことなく「わかったわ」と車を発進させた。

10分ほどで自宅に到着し、真理達は車から降りると揃って頭を下げた。

「先生、ありがとうございました……!」

先生は車の窓を全開にしてこちらを見る。

「白部さん」

「あっ、は、はい!?」

「なにかあったら言うのよ?」

「は、はい、ありがとうございます……」

先生はにこりと微笑んで窓を閉め、真理の家を後にした。

あまりにもあっさり切り抜けられたことに、真理は呆然としてしまう。

それは拓馬も同じだったようで。

「たしか形野(かたの)先生って白部の担任だっけか」

「うん、そうだよ」

「いや、なんかずいぶん白部に親身っていうか……ま、担任ならこんなもんか?」

たしかに今までで一番親身になってくれる先生だと真理も思っているが。

「私にだけ優しいってわけじゃないし……それが形野先生の担任としてのスタイルなんじゃないかな?」

「そうだよな。……悪い、親からまともに接されたことのない俺が言っても説得力なかったわ!」

「カラッとした笑顔で言うことが重いよ!!」

しかし言ってる内容はともかく、拓馬の雰囲気は村で再会した時とは違い、投げやりというよりはどこか吹っ切れたように感じた。

「おかえりお姉ちゃ……んん!?」 

妹は信じられないものを見る目でフリーズした。

もちろん拓馬を連れてきているのが一番の理由だろうが、気になるのはその彼の髪が金色に染まっているからだろう。

妹の視線が自身の髪に向けられていることに気づいた拓馬は、口元に人差し指を立てて「ちょっとわけあり。スルーでお願い」と囁いた。

妹は黙ったままこくこくと勢いよく首を縦に振る。

「ただいま実歌! 今日は坂井くんも泊まるからよろしくね!」

「いやよろしくね! じゃないよ!! 希羽兄だけに飽きたらず拓馬先輩まで連れ込むなんて……!! 一体何人の男を住ませるつもりなの!?」

「違うよ実歌!? これには、っていうかこれにも深いわけがあって……!」

「白部……やけに軽く家に誘うと思ったら既にこいつも囲い込んでたのか。慣れてんな」

「ちょっと! 坂井くんまでやめてよ!?」

「安心しろ拓馬。僕は既婚者だ」

「それ余計やばくね??」

「拓馬先輩無理してません? お姉ちゃんには言って聞かせるので帰って大丈夫ですよ!!」

拓馬の表面しか知らない妹からすれば至極真っ当な言葉である。

「ああー、いや……えっと」

「いいじゃない楽しいし! なんなら夏休み中滞在してもらいましょうよー! 坂井さんには私から連絡させてもらうから!」

母には日頃から拓馬の母の話や愚痴をなんとなく伝えていたので、なにか感じ取ったのだろう。

「えっ、いやいいですよご迷惑ですし! 今夜だけ泊めさせていただけたらそれで……!」

「希羽くんに泊まってもらってる部屋、もうひとりなら余裕で寝られるでしょう?」

母が希羽を見遣る。希羽もうなずいた。

「いやいや部屋なんてそんな! 俺庭とかでいいですから!」

「拓馬先輩それ希羽兄もやったんで! 先輩が泊まりたいんでしたらぜひぜひ泊まってってください! むしろ永住してください!!」

「マジかよ……」

妹の押しも加わり、拓馬は折れることになるのであった。

真理達は夕食をとることにした。

家族もちょうど今から食べるところだったらしい。

「ちょうどカレーの水の量間違えて、ルー足してってやってたらいつもの2倍できちゃったんですよねー! 拓馬先輩がきてくれて助かったー!!」

「追加で冷凍ご飯温めれば余裕で足りるわねー」

妹と母が手伝いを申し出る拓馬と希羽を華麗にスルーして用意してくれる。

いつも使っているテーブルの席は、人数が増えたことで座りきれなくなったため、希羽と拓馬はソファーに座って食べることとなった。

「なんか拓馬先輩前よりとっつきやすくなりましたね!」

「えっ、そんな露骨に違って見える? 特別変わった気ではいないんだけど」

「んー、なんというか、雰囲気? 前の先輩ももちろん好きですけど! なんかシャキッとしてるっていうか……頑張ってる感じがしてたので! 今のほうがもっと好きです!」

「ひえぇぇ……実歌ちゃんはストレートだねぇ。先輩反応に困るわ」

拓馬は照れくさそうに笑ったかと思うと、少し沈んだ声で訊ねる。

「……っていうか、おばさん。本当にいいんですか? 泊めてもらうのはもちろんなんですけど……あの人説得するとか……いつもおかしいけど、多分今はそんなの比じゃないくらいキレてますよ。あれ」

「やぁねぇ拓馬くん! 大丈夫よ! 私、あなた達よりずっと経験のある大人だから! それに坂井さんの対処法なら、よく話かけてくれるから大体わかるわ!」

スプーンを持ったまま親指をグッと立てる母。拓馬は驚愕した。

「話しかけて……って! あの人白部の母さんにまでつっかかってたのかよ!! うわぁぁ、最っ悪……」

へなへなとソファーの前のガラステーブルにカレーを置いてうなだれる。「すみません、ほんとに……」と呟く彼に、母は「拓馬くんが謝ることじゃないでしょ?」と笑った。

「坂井さんが怒ってる理由はなんとなく想像つくわ」

「ですよねー……」

拓馬は自分の前髪を見るようにちらりと視線を上げた。

「でも、拓馬くんは好きでやったって感じじゃないし。するつもりなんてなかったんでしょう? なにか事情があるのよね」

「ええ、まぁ……染めるとか、あんま興味ないんで。……よくわかりますね」

「そりゃあ真理がよく話してくれるし、大会でも会ってるじゃない。わかるわよ」

「それを親から聞きたかったぁぁ……!!」

拓馬の心の底から漏れた声が途切れた頃、テレビでニュース番組が始まった。

初っ端から流れたのは、ひと月前から続いている連続殺人事件の報道だ。

「これ、まだ犯人捕まってないんだってね」

「怖いわねぇ」

「私はいつかこういうのでお姉ちゃんの名前が読み上げられることにならないかが怖いんだけど」

「ちょっと実歌それどういう意味!? 私がしたいのは試し合いだよ!!」

反論した真理は見逃さなかった。

向かいに座る妹がぼやいたそのタイミングで、ソファーに腰掛けている希羽と拓馬が大きく首を縦に振るのを。

「ふたりもなんでうなずいてるの!?」

「がねね」

「自分の胸に聞いてみたらいいんじゃね?」

ふたりは雑に返したきり画面へと意識を戻してしまう。真理もしぶしぶとニュースに目をやった。

どうやら犯人の特徴が判明したらしい。

今回の事件にて目撃者が出たのだ。

その人はなんとも現場に遭遇したというのに、その人を殺すことなく犯人はその場を立ち去ったとのこと。

特徴が報道される。

身長170センチくらい。20代から30代。黒いパーカーと黒いマスク、黒のズボンに黒いスニーカー。

犯人と判別するには厳しそうだ。

(まぁ、殺人犯が特徴的な格好してるわけないよねぇ)

と、麦茶を口に含んでいた時だ。

『目撃者によりますと、顔はパーカーのフードとマスクに隠れて見えなかったが、隙間からエメラルドグリーンのピアスが光るのが見えたとのことです』

むせそうになるのをなんとか回避した。

皆の視線が一斉に真理へと向けられる。

「おい白部ぇ」

「あーあ。ついにこの時が……」

「違うから! 私のはヘアピンだから!! それに170センチくらいって言ってたじゃん! 20代から30代って言ってたじゃん!!」

真理は喚いたが、皆にそれぞれそっぽを向かれる。

その間に、ニュースは別の内容へと切り替わっていた。

「さて、君は本来の祈念呪の儀の生贄として送られそうになった運のない人というのはもう気づいているのか?」

ひと段落して、真理達は真理の自室に集まっていた。

3人で囲んだ木製のミニテーブルには、人数分の麦茶の入ったグラスが置かれている。

拓馬が「あの人を丸め込むなんてなに言ったんだろ白部の母さん……その口車譲ってほしいわぁ……」と呟いているのに、真理が聞こえてるつもりで話していることなのかの確信が持てず、返答するべきか口を魚のようにぱくぱくさせていたところ、この発言がぶっ込まれたのである。

「えっ、希羽くん話すの!?」

「? 僕は君が話したいなら止めないと言ったはずだが……?」

希羽はきょとんとしてこちらを見る。

「あっ」

これは、もしかして。

(私の深読みだっ……)

希羽は穏やかな笑みを浮かべている。

どこか牽制するような雰囲気を感じるのは、気のせいではないと思う。

(うん、情報開示は希羽くんにお任せしよう。どこまで言っていいかわからないし)

それに、真理自身も彼に訊きたいことがある。タイミングがあれば伺ってみよう。

拓馬も案外すんなりと話が聞けそうなことに動揺していたが、うなずいた。

「なんとなく察しましたよ。精域の未来のためとかなんとか言ってたしね」

そして希羽は、真理にしてくれたように儀式の説明をしてくれる。

本来は祈念呪の高い精霊分(せいれいぶ)を特殊精域へと送る儀式だということから。

8年前に一番勢力的に祈念呪の儀が行われていた街が崩壊してからは、本来の儀式を行う所もめっきり減ったことまで、特に嘘を吐くこともなく。

「なるほど。秋晴村も儀式自体は形骸化してたわけね。どうりで調べてもなにも出てこないわけだ」

拓馬も彼なりに祈念呪について調査していたらしい。納得したようにうなずいたのち、訊ねる。

「じゃあ訊きますけど、精霊分ってなんですか?」

「簡単に言えば精霊の要素だな。これが高ければ精霊寄りということになるし、低ければ人間に近いということだ」

「で、特殊精域ってのは?」

「精霊が見守る地と言われている、精域の要だ。精域はそこから波及する精霊分を得て存在を保っているらしい」

「なるほど、だから精域の未来のためってことね……これが事実ならだけど。あんたは信じてるわけ?」

拓馬の馬鹿にするような問いに、希羽はサラリと言ってのけた。

「ああ。僕の場合、実際に精霊が催促に来たからな。事実なんだろう」

「は?」

「えっ!?」

テーブルの脚に膝が当たってガタッと揺れる。

もう存在していないと言われている精霊が、まだこの世にいるというのか。

「そ、それでどうしたの希羽くん」

「なにがだ?」

「いやなにがじゃねぇよ。そいつ祈念呪殺しに来たんだろ?」

「ああ。癒やしになって帰っていったぞ」

癒やしに……そのフレーズは記憶に新しい。

司猫(すねこ)にしちゃたってこと!? あの時みたいに!」

「いや、これは親しくなったという意味だ。あいつはそのままなにもせず帰っていった」

「あんたなにしたんだよ……」

拓馬は未知の物体を見るような眼差しのまま、話を切り替えた。

「まぁ、事実云々はともかく。俺はこのままこっちにいれば安全なわけ?」

希羽は首を横に振った。

「いや。絶対安全とは言い切れないな」

「だよなぁ? 俺こっちから精域に誘われて来たんだもんなぁ? 同じことが起きてもおかしくないよなぁ? あんたさっきなんて言ったか覚えてますぅぅ? 助かったならそれでいいって言ってましたよねぇ!? 自分の関わらない以降の俺はどうでもいいってことですかぁ?」

投げやりに煽る拓馬に、希羽は即座に否定した。

「違う!! ……君は、祈念呪の儀の光を操れるから。自衛できると思ったんだ」

彼の目が真摯なのは真理から見ても感じ取れた。

拓馬は少し毒気を抜かれたようで、その気持ちに倣うように語気も弱まる。

「……あー、はいはい。さようでございますか……もう諦めて全部正直に言ったほうがいいと思いますけど?」

「そうか。なら思っていればいい。思うだけならタダだぞ」

「…………」

希羽の表情は、スンッという音が似合う切り替わりようだった。数秒前の真摯な眼差しはもう販売終了したらしい。

拓馬の額に青筋が立つのが見えた。無理もない。彼なりに少し気を許した途端に心のシャッターを閉められたのだから。

「ま、まぁまぁ! ここまできたら話そうよ希羽くん! ……どうして安全じゃないか。もう少し具体的に、さ?」

自身も訊きたかったことだったため、最後は硬い口調になってしまった。

逡巡する希羽。

真理は強い視線で訴えた。

それが聞ければ、真理の疑問も解消するという確信がある。希羽もそう思っているのだろう。

「…………」

希羽は目を伏せ、ひとつ息を吐く。

そして覚悟が宿ったような瞳で口を開いた。

「祈念呪の儀は、陣の描かれた所で行うほうがより多くの精霊分を送ることができる。高い精霊分を持つ者を送るなら、これが一番いい。だが……」

彼は真理に向けて辛そうに眉を寄せた。

「陣を描かなくても儀式自体は可能なんだ。……祈念刀(きねんとう)があればな」

「…………!」

視線が希羽とかち合う。

言われなくてもわかってしまった。

あいつが持っているのが、まさしくそれだと。

13年前の、あの光景を思い出す。

家族は生贄として殺されたのだろうか。

いや、しかし。

「ただ、どこでも儀式が可能な代わりに、祈念刀には送れる精霊分に限りがある」

拓馬が先を察知する。

「高い精霊分を持った奴をそれで送った場合、溢れてもったいないってわけか」

希羽はうなずいた。

「それに祈念呪を送るとは言っているが、別に祈念呪でなくたって構わないんだ。精霊分の高い者なら、誰でも狙われる可能性はある。年々黎瀬は人間寄りになっていて、高い精霊分を持つ者は希少だ。こちらに狩りにきてもおかしくはない。祈念刀を持っていなくても、拓馬を誘ったあいつのように精域へと連れてくる者もいるだろう」

「だから完全に安全ではないってことね」

「そういうことだ」

「で、でも! 私は人間だよっ!!」

思わず叫んでしまった。

突然の大声に拓馬は驚き、希羽はただ静かに真理を見つめている。

あっと思ったが、一度口に出した言葉は取り消せない。

なんとなくわかっていたはずなのに、どうして自分はこうなのだろう。

窺うように希羽を見返すと、彼は緩く眉を下げて口角を僅かに上げた。大丈夫だと伝えるように。

「は? どういうことだよ白部……まさか……」

拓馬は言いかけた口を、なにかを悟ったのか途中で噤んだ。

手合わせをお願いするうちに、拓馬には自分がどうして好戦的かの理由として話をしたことがある。拓馬はそれを覚えていたのだろう。頭の回転が速くて感心する。

ここで嘘をついても無駄だろう。

「……うん、そうだよ。私の家族は、坂井くんを送ろうとした奴に殺されたの。……でも、私は人間だよ?」

希羽は肯定した。

「ああ。僕も君から精霊分を感じない」

「村で会った時にも言ったけどさ、俺もこいつからは出てるそういう、雰囲気? みてぇなの、白部からは感じないわ」

拓馬も気遣うような声で希羽を指差しながら答える。

「……そっか」

「ただ、高い精霊分を持っているが、どういうわけかそれが全く表に出ない人間同然の者が生まれる事例もあるから、確実にとは言えないな」

希羽は拓馬を見遣る。

拓馬の場合それが当てはまるのだろう。

なにかの拍子に、その眠っていた精霊分が発現したのだ。

「なるほどね。俺の両親からはなにも感じなかったから多分先祖の誰かが黎瀬だったんだろうなぁ……いや、俺黎瀬になってから父親には会ってないんだけどさ」

拓馬の口調は茶化すようだが、声色は真剣だ。時々気にするように真理を見ている。

つまり真理は現状人間だとしか言えないということだ。

ルーツが辿れない以上仕方がないことだが。

「家族が黎瀬だった可能性はあるってことだね」

真理の問いに希羽はうなずいた。そこに否定が入る。

「いや確実に黎瀬なんじゃねぇの? その精霊石、白部の家族のだろ?」

「えっ」

思いもよらぬ言葉に驚く。拓馬は続けた。

「これは俺の推測だけど、白部の家族は高い精霊分を持ってて、その祈念刀だけでやった儀式で溢れた精霊分が精霊石になったんじゃねぇかなって」

「たしかに精霊石は司力で練って作るものだし、司力は精霊分だからな」

拓馬の話に希羽が補足する。

「えええっ!? そうかなぁ、ただすごい特殊な精霊石ってことなんじゃないの??」

拓馬は拍子抜けした様子で。

「……あのなぁ白部。知らなそうだから言うけど、精霊石に特殊とか普通はねぇの。ただ、信頼の差が性能に直結するだけ」

その声色は普段のノリだ。

話が話だったために真剣に喋っていたが、真理が普段の調子で返したことでその気は削がれたようだった。

そのほうがこちらとしても気が楽だ。

生贄だろうがなんだろうが、殺されたことは事実で、その傷は13年の時が癒やしてくれたのだから。

「えっっ!? そうなの!? なら、橋本先輩の言ってたのは?」

真理は先輩から聞いたことを話した。

『いや俺の知ってる精霊石そんなハイスペックじゃないし!! 精霊石ってのは確かに人間を精域に導くけど、人間でも繋ぎ道から精域に行けるようになるだけだから! そんなどっからでも行けるとかないから!!』

「橋本の言った効果が信頼が欠片もなくても使える精霊石の最低保証なんだよ」

なるほど。と真理は納得しかけたが。

ならばあれはと思い至る。

「でも、橋本先輩から『信用できない人の前でそれは使わないほうがいい。その精霊石、だいぶレアだから』って忠告されたんだけど」

拓馬は首を捻った。

「? それあいつがよくわかってねぇだけじゃねぇの?」

「もし信頼の都合で自分が使えなくとも、真理に使わせる方向で悪用する者の存在を危惧してくれたんじゃないか?」

「あー! そうかもしれないね!」

真理は希羽の言葉を信じておくことにした。

「ってか、今まで疑問に思うとか、精霊石について調べるとかなかったのか?」

「言いにくいんだけど……正直『綺麗だなぁ! 精域にも行けるやったー!』としか思ってなかった」

「言いたかないんだけど、馬鹿なのか?」

「少なくとも利口ではないかな!!」

「開き直るな!! ってかあんたはなんとも思ってなかったわけ?」

真理を訝しげに見ていた拓馬だったが、今度はジロリと視線を希羽へ滑らせた。

怪しむ視線を受けているにも関わらず、希羽は無表情に、淡々と告げる。

「すまない、正直『そうなのか。よかったな』くらいにしか思っていなかった」

「あんたらふたり揃って馬鹿なのか??」

「嫌だな拓馬。僕は生まれてこの方利口に生きれた試しはないぞ。買いかぶってもらっては困る」

「クソ冷静にキリッと言ってるけどつまりは馬鹿じゃねぇかばーか!! ってかさっきから名前で呼んでんじゃねぇ!!」

そこまで言い切ると拓馬は疲れたとばかりに肩を落とした。

希羽が話を戻す。

「ともかく試してみればいいんじゃないか? 精霊石は作り出した者との信頼に比例して引き出せる力が変わるなら、僕や拓馬が使ってみればいい。真理。君が知っているこの精霊石の能力は精域へ行けるのと治癒だけか?」

「うん、そうだよ」

「まぁその精霊石を作った者の心持ち次第なわけだから、これを作った奴が相当なお人好しだったりすれば誰でもこの精域移動とか治癒能力ができちゃうんだけどな……白部、それ貸して」

真理は拓馬にこめかみの精霊石のヘアピンを渡した。

拓馬が発動させようと試みるが、精霊石に反応はない。

「開けねぇな」

「次は治癒か」

希羽はガリリリリと効果音がつきそうな勢いで自らの爪で自身の左腕を切りつけた。

それはもう躊躇なく、淡々と。

真理と拓馬がふたり揃って「痛い痛い痛い痛い痛い!」と連呼するくらい見ている側はしんどかった。

希羽は相変わらずの無表情で拓馬に傷つけた腕を差し出す。

「ほら拓馬。試してみてくれ」

「ちょっと希羽くぅぅん!?」

「こぇぇよ! ちったぁ躊躇え!!」

拓馬が希羽の傷に精霊石を翳すが、やはり反応はない。

「……発動しねぇな」

「そうだな」

「いやいや冷静にうなずいてないで早く治癒しよう希羽くん!?」

「そうだな。床が汚れそうだ」

「そうじゃねぇよ……ってか傷深すぎだろ。思い切りがいいってレベルじゃねぇぞ」

「やるならひと思いにやるべきだろう? それに銭幻で痛覚を和らげているから問題ない」

「あるわ! 自分の腕殺す気かよ……」

ドン引きしている拓馬をよそに、希羽は傷のほうを見つめる。傷はみるみるうちに塞がっていった。

治癒を確認した希羽が拭く物を探すように辺りを見渡し始めたので、真理は近くにあったティッシュを何枚か取って渡す。希羽は礼を言って受け取った。

「黎瀬の民ってみんなこんなふうに回復できるの?」

もちろん人間だって回復はするが、この回復力は黎瀬の民ゆえだろうと思っての問いだ。

希羽はティッシュで腕に残る血を拭き取っていく。

「そうだな。精霊分が高いほど回復力も大きくなるんだ。司力さえあれば勝手に回復していくぞ。他者の回復は黎瀬によるな。僕はできない」

たしかに希羽は真理の傷を治す際に精霊石を使っていたため、真理は納得した。

ここで、引いていた拓馬が問う。

「勝手に回復するってんなら、なんであんたの傷塞がらなかったんだよ?」

「止めておいたからだ。精霊石を試す前に自己回復しても困るだろう」

「えっ。意識して治すの止めれるものなの!?」

「ああ。人間としての回復能力は止められないがな」

「へ、へぇ」

今回は別として、普段回復を止める必要がある時など存在するだろうか。

とても便利とは言えない機能に、真理は言葉を濁した。

「ともかく。やっぱりこれが白部の家族のものってのが濃厚になってきたな。ってか白部。そもそもこの精霊石どこで手に入れたか知らねぇの?」

拓馬がふと口にする。

言われてみればと思いつつ、真理は答えた。

「お母さんが作ってくれたことしか知らないんだよね……」

拓馬が「お母さんって……」と小さく訊ねる声に「今ここにいる方だよ」と囁く。

それはそうだ、亡くなったほうからもらったのなら、真理は拓馬の推測をすぐさま肯定している。

彼もそう思ったのだろう。苦笑いを浮かべていた。

「だよな。……ならこれはもう、白部の母さんに直接訊いてみたほうがいいな」

「えっ!? でも……」

さすがに母を巻き込むのは抵抗がある。

それを察しているのか、拓馬は大丈夫だと制するように片手を前にやった。

リビングへと降りる彼に、希羽とともに続く。

母はソファーに腰掛けて本を読んでいたが、真理達に気づくと顔を上げる。

「すみませんおばさん」

「なにかしら?」

「今姉貴の誕生日プレゼントの相談してまして。これの石ってどこで見つけたんですか?」

(サラッと自然な嘘ついてる!!)

「ああ、これ? 綺麗よね! でも、うーん。ちょっと手に入れるのは難しいかもしれないわね……」

母は頬に手をやり困った顔をする。

「というと?」

「真理があの家から持ってきたおもちゃ箱に入ってたものなのよ。アクリルアイスいっぱい入れてた箱、覚えてる?」

「アクリルアイス……??」

「おもちゃの宝石みたいなあれだがね。貝殻の形のものもあってかわいい」

「トイレとかに飾ってたりするあれだな」

「ああー! よくお菓子に見立てて遊んだあれだ!!」

真理達の反応に、母はくすりと笑って続ける。

「あの中にひとつだけあったのよ。真理はもう興味もなくしてたし、綺麗だったから使ってみたってわけ」

あの家というのは、真理の以前暮らしていた家である時田家(ときたけ)のことだ。

(これは、坂井くんの推測通り……!)

「そっかー、それじゃあ無理そうですね。他を考えようかな……ありがとうございます!」

拓馬が諦めたような素振りを見せてから、真理達は再び部屋へと戻った。

「とまぁ、ある程度すっきりしたな」

拓馬がすっかり氷の溶けきった麦茶を口にする。

「でも、訊きてぇことがまだひとつあるんですよ。……あんたら、どういう関係? なんで一緒にいるんですかねぇ?」

真理はごくりと唾を飲んだ。

チラリと横に目をやると、希羽にも僅かに動揺が見てとれた。

「それは……」

「下手な嘘つくと痛い目見ますよ。星名村の祈念呪さん?」

「なぜそれを」

「あの時俺もいたこと忘れてたんですかぁ? バッチリ聞いてましたよ『僕にはもう飽きたということか? 村長殿?』ってね。それの爺さんの返事と、さっきあんたがした説明を合わせたらもう確定じゃないですか。そもそも祈念呪についてそんなに詳しいのは当事者くらいなもんじゃねぇのって話」

「…………」

拓馬の推理に希羽が反論する様子はない。

真理は思わずひぇぇと声に出しそうになるのを堪える。

希羽は目を伏せ、パーカーのポケットからなにかを手に取った。

そして真剣な面持ちを拓馬にむけ、差し出す。

それは小さな司猫のぬいぐるみのキーホルダーだった。

ただしその顔は村で見かけたような純朴でかわいらしいものではなく、『ふてこい』という言葉が似合う少し生意気そうなものである。

希羽は至極真面目な顔で言い切った。

「これで忘れてくれないか?」

(絶対無理だよぉぉ!!)

「……それは無理だけど、他言しないって約束するからくれねぇ?」

(いるんかいっっ!!)

謎の譲渡会が行われたが、気を取り直すことにする。

「それで、どういう関係なんだよ? もう今更取り繕う必要なくね?」

それがあるんですという訳にもいかず。ただ黙っている訳にもいかない。嘘も突き通せるとは思えない。

ならば。

真理は意を決して打ち明けた。

「私があいつと戦ってみたいから、一緒に捜してもらってるんだよ!!」

沈黙。

ただただ沈黙。

時が止まったような錯覚さえした。

嘘は言っていない。

そう、嘘は言っていないのだ。

「……は?」

拓馬が辛うじて声を出したものの続かない。

「そうだな。簡単に言えばそうなる……な」

希羽の表情は、出会ったあの日と同じような、気の抜けた様子だ。

「はぁぁぁ!? なに考えてんだ白部……ってか待て特訓ってそれかよっっ!?」

拓馬は混乱している。それはそうだ。

希羽が付け足していく。

「真理が常々家族を殺したあいつを捜していたところに、僕が儀式で送られようとしているのを見かけてな。突然割って入ってきてそのままこの家に連れて来られた。その流れで協力している」

嘘ではない。

「僕としては祈念呪や祈念刀について既に調べがついているものだと思っていたんだが、真理は知らなかったらしい」

それも嘘ではない。

「そうそう、てっきりあいつはただの殺人犯で、星名村でもやらかしてると思ってて……。お互い勘違いしてたというか……いや殺人にただもなにもないけども!!」

これも嘘ではない。

拓馬はぽかんとして真理達の言葉を吸収していたが、やっと意識がはっきりしてきたらしく反論してきた。

「どういうことだよぉぉ!? あんだけ頑なに拒んだのこれが理由なわけぇ!?」

「いや、こんな自ら危険に飛び込むようなことに君を巻き込むのはどうかと思って。実際下手したら死ぬぞ」

「そうですけどねぇぇ!?」

「だから事情は隠して特訓だけ付き合ってもらおうと思ってたんだよ!」

「いいように使う気満々かよ!! 俺はもっとこう、すごく重いなにかをだな……」

「殺人犯に戦いを挑むのは軽くないぞ」

「そうですけどねぇぇ!?」

拓馬はもう疲れ果てたといった風貌で肩で息をしている。

「……なんか、ごめんね?」

「だから関わらないほうがいいぞ」

「いやあんたはなんでこんなことに協力してんだよって俺は言いたいんだけど」

「恩は返すものだろう」

「あっそ」

拓馬はそう言ってのけ、頭を掻いた。

「……俺としては、祈念呪についてもう少し深掘りしたいんですけど……あんた達は興味あります?」

「それはもちろんだよ! 家族を殺された理由だもん!! 詳しく知りたいよ!」

「戦闘欲丸出しで祈念呪の言葉にすら辿り着けてなかった人の台詞がこちらになりまーす」

「うううっ!」

否定できない。真理は唸り声しか出せなかった。

「なぜ知りたいんだ?」

希羽が問う。

「そりゃあ自分の命に関わることだし、あわよくばあんな儀式しなくてすむ方法があるかもしれねぇじゃん。戦いたいってのよりは納得できると思いません?」

「そうだな」

うなずくその声はまだ硬度を保っている。

「ってかあんた、もう全部話したんだからもう少し柔和になろうと思わねぇの?」

「僕としては君を余計なことに巻き込みたくないと思っているからな」

「はぁ? あんた俺のなんなわけ?」

拓馬の怪訝な面持ちに、希羽は顎に手を当てて。

「……お兄さん、か?」

「ふたつ年上だからって兄貴面すんな!! ……ったく。で、もし興味があるんなら協力してくださいよ。代わりに俺もその旅と特訓、付き合うからさ」

「えっ、いいの!?」

思いもよらぬ提案に真理は身を乗り出す。

拓馬は正面からずいっと近づいてきた顔から離れるようにのけ反った。

「……俺だって恩は返すっての。まぁぶっちゃけこっちの探索をメインにさせてもらうけどな! 殺人犯捜しなんかしたくねぇもん!」

「全然いいよ!! 特訓に付き合ってくれるだけでも助かるし!」

(希羽くんとあいつの距離が遠くなるならそれはそれでありだし。復讐阻止が最優先だからね!)

そこまで考えところでハッとする。

(……あ、でもこれ、希羽くん納得してくれるかな……?)

「き、希羽くんはどう思う……?」

不安になりつつも、訊かねばならない。

希羽は眉を寄せたものの。

「……拓馬ひとりで精域巡りするのは心配だしな」

承諾してくれた。

「だからあんたはなんなんだよ!?」

『今後の目的地が決まった。行き方にも目処が立ったから夜にでも話す』

時刻は昼間。

希羽と拓馬はふたりでスーパーに買い物に出かけていったが、先に希羽だけが冷蔵と冷凍の物を持って帰ってきていた。

拓馬は自宅と先輩の家にも寄るつもりでいたから悪くなる物だけ希羽に任せたのだろう。

なんと拓馬は自宅にスマホを置いて出てきていたらしい。

「え、坂井くん。橋本先輩にあとでメッセージするって言ってなかったっけ……まさか、しないつも」

「置いてきてたのを忘れてただけだわ!!」

というやりとりを今朝した。

自宅にはスマホや泊まりに必要な物を取りに、先輩の家には心配をかけたお礼を直接しに行くつもりらしい。

拓馬は司術で姿を見えなくできるので、自宅には家族に気づかれずに寄って帰るとも言っていた。まだ会う気にはならないのだろう。

そろそろ用事は済んだかなと考えていた矢先にきたメッセージだった。

とりあえずいろいろあったことだし、今日は一日お休みにしようという話だったはずなのだが。

なんだかソファーでだらだらとスマホを見ている自分が恥ずかしくなってくる。

(いやいや! 今日はお休みって話だったもん!! 坂井くんは真面目だなぁ……)

希羽も買い物から帰ったきり自室にこもっている。

彼曰く「僕の司術をもう少し強化すれば、世間体からは守れそう」とのことだが、なんのことだか真理にはピンとこなかった。

希羽が自室に入る前に、そういえばと拓馬との距離感についても訊ねた。

「希羽くんって最初坂井くんに素だったよね? もしかして坂井くんが忘れてるだけで、会ったことあるとか?」

希羽は「いや、ないぞ」との否定のあと。

「癒やしの癒やしを癒やしと言うつもりはないが。癒やしの一番の癒やしなら、僕にとっても癒やしだと思っている」

癒やしがゲシュタルト崩壊しそうな返事が返ってきた。

なにもせずとも時間は流れるものだ。

希羽と拓馬は妹達とともにお風呂あがりのアイスを食べている。

「拓馬。これは僕の主観だが、それは不味いぞ」

「まっっず!! マジで不味いんだけど! ってかあんた一緒に買い物してたんだからその時に言ってくんねぇ!?」

「価値観が合ったようでなによりだ」

「うるせぇ!!」

その光景にくすりと笑う。

よく口論しているが、なんだかんだで楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。

自分も風呂を済ませてしまおう。そう着替えの用意していると、母がやってきた。

「真理ー。お風呂入る前に、卵買ってきてくれない? 思ったより使っちゃって朝の分が足りなそうなの。真理まだパジャマじゃないでしょ?」

「わかったー」

「それなら僕が」

「俺行きますよ」

「大丈夫だよ! ふたりはくつろいでて!」

真理は名乗り出るふたりを抑えると、財布と袋を手に家を出た。

日が沈んだにも関わらず、空気は生温いのは夏ゆえだろう。

卵の入った袋を振り子のように揺らしながら、帰路を進む。

角を曲がったタイミングで、後ろから。

「こーんにちはぁー!」

子ども向けのショーにいる司会ような、ふわっと跳ねるような声が聞こえたかと思えば。

真理の視界が急降下した。

2022.12.14 初出