第2章
「それで、どうしてこんな真夜中に小学生を連れ込んでいるの? 真理」
自室から転じて、ここは1階のリビング。
真理と希羽は横に並んで座り、その向かいには母。
「本当だよ! お姉ちゃんは拓馬先輩一筋だと思ってたのに!!」
妹が斜め前に座っていた。
「待って! 誤解だから! まずこの子小学生じゃないから!!」
「この子って言ってるけど!?」
「それは見た目の影響ぅー! 実際は違うんだよー!」
これが漫画なら両親は海外へ行っていたりしていて主人公はすんなり同居生活が送れるものだけれど。
(うちの家は両親、妹、弟全員家にいるんだよね!!)
ちなみにここに父がいないのは、隣の和室で寝ている10ヶ月の弟の傍にいるからである。
どうしたものか。一難去ってまた一難だ。
これからふたり共に行動するためにも、うまいこと希羽をこの家に置かせてもらわないといけない……!
(なんとか乗り切ろうね! 希羽くん!)
そう横を見ると、こっくりこっくりと船を漕ぐ希羽の姿があった。
「希羽くん!?」
呼びかけにハッとする希羽。覚醒を促すように首を振る。
「すまない……農家の朝は早いものでな」
「余計小学生だと思われるよ!」
「僕は思われても構わないぞ?」
「私が困るんだよ! どうにか19歳って証明できない?」
「残念ながら証明できるものを持っていなくてな。腕を切り落としたら年輪とか出てくれないだろうか」
「出てきたとしても切り落とさないでね?!」
(あれ、私。めっさ調子乗ってない?)
希羽に対してすっかりなれなれしくなっている気がしたが、あんな本音をぶちまけたのだからいまさら取り繕ったほうがおかしいだろう。
希羽も気にしていないようなので、真理は気にすることを……やめることはできないので、心の隅っこへ追いやった。
やはり年齢を証明するのは難しそうだ。
ならば、小学生を連れ込んでいてもおかしくない状況をでっちあげるしかない。
(なにか、なにかないかなぁ……)
ヒント欲しさに希羽を見つめる。希羽は不思議そうに首をかしげた。
遠くから「なにしてるのお姉ちゃん」という声が聞こえるが今は無視だ。
深い紫の髪によく目立つ黄緑のヘアバンド。緑がかった金色の双眸は、左頬を斜めに走る傷痕によってより一層美しさを引き立てている。
真理にとって傷跡は憧れであるためか、痛々しさよりもかっこよさが勝るので、瞳の美しさと傷跡のかっこよさの相互作用でとても魅力的に感じる。自分も一閃欲しい。いい感じに一閃欲しい。
傷跡への憧れはともかく、この髪と瞳の色は精霊の力を持っていないと見ることができない。とてももったいないと思う。
(私も精霊石がないと見られなくなるんだけどね……)
真理は思わずこめかみのヘアピンに施された石に触れた。
そして、ふと思った。
(そういえば、希羽くんの髪色って羽衣と似てるなぁ)
希羽の瞳になじみ深さを覚えた理由に今更気づいた。彼女の瞳にそっくりなのだ。
望月羽衣。
近所に住む親友で、一言で表すのなら傍若無人。歯に衣を着せるという言葉は彼女の辞書にはないのだろうなと思うばかりに、遠慮なくものを言う。
戦闘以外には勇気が沸かない引っ込み思案な自分と羽衣は正反対だ。
周りからは「どうして親友なの?」と疑問を抱かれるが、それは真理本人が一番思っていることだったりする。
ちなみに羽衣は先週暴力沙汰を起こし、夏休みを目の前にして停学中である。戦いなら混ざりたかったのは内緒だ。
(まぁ、羽衣は自分の目、黒だと思ってるんだけどね)
あの瞳の色から察するに、彼女も黎瀬の民なのだろう。しかし、本人に自覚はないようだ。
精域から出てただの人として暮らす道を選んだ者の子孫と思われる。
決して珍しいことではなく、自分が黎瀬の民と知らずに生きている人は多くいる。
(あ、そうだ!)
真理はひらめきをそのまま口にした。
「じ、実はね! 希羽くんは羽衣の親戚なんだよ!」
「?!」
「えっ、羽衣姉の?」
「あらまぁ」
大きく目を見開く希羽。
きょとんとする妹と母。
「う、うん! 夏休みで遠くから遊びに来たみたいで。でも、羽衣ってあの性格でしょ? 反りが合わないみたいで喧嘩になっちゃって! 気まずいまま同じ空間にいるのもお互いに辛いだろうから、しばらく私の家に来なよって誘ったの!」
「なーんだぁ!」
「最初からそう言えばよかったじゃない」
「いや、うん、えっと……ごめんなさい」
まさか今思いついたからなどと言えるはずもなく。
しかし、とっさに考えた言い訳にしては上出来ではないだろうか。真理は心の中でガッツポーズを決めた。そして。
(どうかな希羽くん! いい感じにまとまりそうだよ!!)
と、希羽の方を見た。
希羽は見てわかるほど青い顔をして、両手を遠慮する時のように前へやっていた。
「いや、泊めてもらうだなんて……水道光熱費が増えるし、献立も手が抜きづらいだろうし、他人という存在が家にいることでのストレスは計り知れないだろう。完全なる迷惑。申し訳なさしかない……! 僕は庭さえ貸してもらえたらそれでいいぞ!」
「庭!? ってまさか、あの草ぼうぼうの裏庭のこと!? そんなところで寝るつもりだったの希羽くん!? お客さんを外に寝かせてるなんて知られたら逆に迷惑だからやめて?!」
「共に行動するとはいえそこまでしてもらおうだなんて烏滸がましいこと、僕にはできない!」
「思ってたよりだいぶ律儀!!」
(冷静に淡々としててちょっとドライなのかなと思ってたのに!)
なんとかなりそうなのに予想外のところから問題が起きるものだ。
(どうしよう希羽くん結構頑なそうだし……ああもう、誰か助けてぇぇ)
無駄だとわかっていても祈りたくなる。
すると。
「あぁーい」
「!?」
風通しのために少し開けていた襖から、ひょこっと弟が顔を出した。
ついこないだ歩けるようになった弟は、そのままおぼつかない足取りでとてとてと希羽に近づくと、その腕にぎゅっと抱きついた。
「あ、ごめんね希羽くん。弟が」
「………」
希羽は突然のことにフリーズしているようだ。もしかしたら、小さい子が苦手なのかもしれない。早く離してあげないと。
母と妹も、弟を希羽から離そうとした時だ。
「癒やしぃぃ」
希羽は弟を優しく抱き上げた。その顔は今まで見た中でもずば抜けてほぐれており、細められた目や上がった口角からも、自身が発した言葉『癒やし』を現していた。
「お名前は?」
「あう!」
「えっと……悠くんだよ」
「そうか。初めまして。僕は星名希羽だがねー!」
「あーい!」
(悠くんに自己紹介してるー!? っていうか「がね」ってなに!? 口癖?!)
まだ母にも妹にもしていないし、名字なんて真理すらまだ聞いていなかったというのに。
こうも畳みかけるように露呈する希羽の別の一面に、真理は混乱しそうだ。
「なんか試合前のお姉ちゃんみたいになってるよこのお兄さん! 同類!?」
「ちょっと黙ってて実歌ぁ!!」
とりあえず、子どもが好きそうな感じなので訊いてみる。
「……希羽くんって子ども好きなんだね?」
「赤ちゃんが特に好きだがね! 司猫と並ぶ無条件癒やしだからな! 見ているだけでも癒されるが、こうして抱っこできるとそれも倍増だな! はぁぁ、癒やし癒や……」
希羽はそこまで言うとハッと我に返ったというように目を瞬かせる。そして表情を殺して言った。
「……そうだな。村の子ども達とはよく遊んでいるぞ。一時的に預かったりな」
「へ、へぇ。そうなんだ」
先ほどまで情たっぷりで弟を可愛がっていた表情が一瞬で干からびるのを見て、真理は反応に困りながらも相槌を打つ。
そこで、弟が希羽の顔を見上げる。
「きゅう!」
「そうだがね! 希羽だがねー!」
希羽が瞳を輝かせて弟の頭を撫でると、弟は希羽の胸に顔を埋めた。
スッと希羽の表情が波が引くように消える。
「しかし、全ての子どもが好きみたいに言われると困るな。結局は個人の相性だ。みんな友達なんて理想の理想だろう」
再び、弟が希羽の顔を見上げる。
「きゅう!」
「なんだがねー?」
再び目が輝く希羽。口癖もがっつり出てしまっている。
「……き、希羽くん。大丈夫? 素で……というか、楽な方で喋っちゃっていいんだよ……?」
ころころと変わる希羽の温度差に困惑しながら、真理は言った。
(これは悠くんとの方が素のはず! ……というかそうであってくれないかなそうだったらさっきふたりきりだった時みたいな重たい空気にならずにすむしなにより今後も話しやすそうだしお願いします!!)
伊達にアンテナを張って過ごしているわけではないが、いかんせん自信のない真理の内心は確信2割でほとんど祈りに近かった。
それを聞いた希羽は動揺するかのように瞳を震わせた。次いで迷うように視線を彷徨わせる。
そして、観念したというように弟を抱えたまま静かに肩を落とした。
「……そうだな。癒やしには抗えないとわかっていながらつい無理をした……」
希羽は目を閉じる。そして少し間を置いたのち、静かに長い息を吐いた。
「……腹を括る、がね」
ゆっくりと開かれた瞳は真剣だった。
しかし弟を抱える腕は優しく、背をぽんぽんと触れている。
そこで、母が声をかけた。
「じゃあ、希羽くんは子どものお世話は慣れてるのね」
「え。いや、お世話って……そんな大層なことはしていませんがね?!」
希羽はそう言うが、真理から見ても子どもの相手は慣れているように思えた。
(悠くん、すっかり希羽くんの腕の中で寝ちゃってるし)
「謙遜しちゃって。そうだ! 家に泊める代わりに、希羽くんには家の手伝いをお願いしちゃおうかしら! 悠くんも、あなたのこと気に入ってるみたいだし。それなら、いいでしょう?」
「ですが」
「あなたが手伝ってくれたら、私も助かるし。ね?」
希羽は少し逡巡したのち、おずおずとうなずいた。
「決まりね!」
(お母さんナイスぅぅ!)
真理は見えないように拳を作った。
今日は時間が時間なので、希羽は真理の部屋で寝ることになった。
明日二階の角にある空き部屋を片付けて、彼の部屋にする予定だ。
真理はベッド。希羽はその隣に敷いた布団に入っている。布団を被ったのはいいが、しばらく眠れそうにない。
ふたりきりになったこともあって、真理は安堵の息を吐いた。
「はぁぁ。なんとかなってよかったぁぁ!」
「すまない。素直にうなずいておいて庭で寝ればよかったのに、無駄に長引かせてしまったがね」
「いや駄目だよそれは!?」
まだやる気だったのかと、真理は希羽へ顔を向けた。本当に、謙虚というかなんというか。
「でも、お母さん達に嘘ついちゃったのは心苦しいなぁ。それに、羽衣につじつま合わせ協力してもらわないと……」
羽衣に頼むことを考えるとお財布が不安だ。今回はなにを奢らされるだろうか。あの大食漢を考えて、思わずため息が溢れる。
すると、希羽はきょとんと目を瞬かせた。
「嘘? そんな大した嘘はついていないだろう? 僕が羽衣の兄だと言ってもこの容姿じゃ説得力がないだろうし、親戚の子と言って正解だったと思うぞ」
「えっ?」
「それにしてもよく分かったな。僕と羽衣が血縁者だと。双子とはいえそんなに似ていた気はしないんだがねぇ。二卵性だし。それとも、羽衣から聞いていたのかね?」
「えっ??」
「……え?」
しばしの沈黙。
希羽が軋んだように喋りだす。
「気づいてたんじゃ、ないのか、ね? 部屋に写真が飾ってあったし、友人なんだろう……?」
「いや、似てるなぁと思っただけで後は全部出まかせだったんだけど……兄妹? 双子……?」
不意に投下された爆弾情報に、混乱を隠せない。
(じゃあ誕生日に妹からもらったって傷は羽衣からってこと? ヘアバンドがお父さんの形見なら、羽衣の両親って私と一緒で養父母ってこと? そもそも希羽くんと兄妹なら、どうして羽衣は霊瀬の民の自覚がないの?)
自分のことを語りたがらない親友の秘密に、図らずも足を踏み入れてしまった。
希羽はしばらくフリーズしたのち。
「これは……墓穴を掘ったかねぇ?」
あははと困り笑いを浮かべた。
「希羽くん……」
言わないけど。言わないけども。
(復讐とか向いてないと思うよ……?)
ちょっと、いや、だいぶ心配になった真理であった。
2020.10.6 初出